傘ラジオが出来るまで
傘ラジオが出来るまで
傘ラジオは、私がラジオ少年だった頃に読み耽った雑誌(「子供の科学」や「初歩のラジオ」等)のうち、昭和45年に誠文堂新光社より発行された(初歩のラジオ別冊)「技術・家庭科 ラジオ・アイデア製作集」中の記事、「枠型アンテナを用いたゲルマラジオ」、「枠型コイルを用いた壁掛けゲルマラジオ」、「バリコンを自作したゲルマラジオ」がベースになっています。

当時、住んでいた場所は電波が強く、電灯線アンテナだけで何不自由なく受信できたものですから、結局枠型アンテナは作らず終いで時が過ぎました。
また、昭和40年代に購入した科学教材社の「スクール3型ワイヤレスマイク」は、台紙がケースの展開図になっていて、それをそのまま箱に組み上げ、部品をビスとナットで留める構造となっていました。このシリーズには「スクール1型ゲルマラジオ」というものもあり、同じ構造でした。
電子工学科の1年生の導入基礎科目「総合工学基礎T」では、傘ラジオに引き続き「1石トランジスタ増幅器」を製作して、トランジスタ1個で傘ラジオの音がどのくらい大きくなるかを体験させています。この増幅器は、元々は基板に半田付けを行う形で製作していましたが、平成15年度から「スクール1型ゲルマラジオ」方式に変更しました。
ただし、箱の展開図という方式は採りませんでした。カラープリンタでシール用紙に実体配線図を印刷し、ダンボールに貼り付け、部品をビスとナットで留めるようにしています。

さて話を傘ラジオに戻しましょう。平成11年に高専に赴任して最もショックだったのが、現代の子供たちはゲルマラジオを作ったことが無いばかりか、ゲルマラジオという言葉さえ知らない、という現実でした。
とは言え、私自身ゲルマラジオを大事に保管していたわけでもないので、すぐに現物を見せることも出来ません。子供の頃、ロケット型ゲルマラジオを買っては、中のμ同調コイル欲しさにすぐバラしてしまったことが悔やまれます。
簡単なものだし作ればいいかと、学校のありあわせの部品で作ってみましたが鳴りません。試しに、秋葉原で一つキットを購入して組んでみましたが、やはり鳴りません。
どれも電灯線アンテナで試したのですが、建物の構造や送電事情が昔と異なることや、ここ八王子はやはり電波が弱いということが主な要因でした。

しかし、電子工学科では4年のスペクトラムアナライザの実験で、放送波を受信して電界強度を調べさせています。中波用に一辺90cmのループアンテナも用意されています。なんだ、いいのがあるじゃんということで、早速これを使ってみることにしました。
いきなりゲルマラジオとして組んだのではなく、最初は既に作ってあったゲルマラジオにアンテナとしてつないだのです。ゲルマラジオからはアンテナ線しか出ていませんので、まずループアンテナにバリコンをつないで放送局に同調した状態を作り、そこにゲルマラジオのアンテナ線を絡ませました。すると、今度はちゃんと聞こえるようになりました。
試しにループアンテナとバリコンの同調部分から線を引いて、ゲルマニュームダイオードとクリスタルイヤホンをつないでみたところ、これもバッチリ。よしっ、とばかりに居合わせた女子学生に試聴させたのですが、「なんか音、小さぁい!」と寒い反応しか返ってきません。
ものづくり教育への道程は長いんだということを痛感せずには居られませんでした。

また話が脱線しますが、ものづくり教育について「ハイテクの入り口、ローテクの入り口」の二つを考えるようになったのはこの頃からです。
アンテナの大きさが90cm×90cm程度あれば八王子でもゲルマラジオが聞けるのだな、ということが判ったのみで、教材として学生を惹き付けるには何か別の見せ方が必要だという課題が残りました。
また学生自身に作らせることを考えると材料費を安く設定したいという事情もあります。 とすると、一辺90cmのループアンテナは当然自作となります。ゲルマラジオや1〜2石トランジスタラジオ用の単連ポリバリコンも今後は入手しにくくなると予想されますので、これも自作したいところです。
それに、手作りの部品で音が鳴ればそれが小さい音でも嬉しいんじゃないだろうか、という考えもあってアンテナとバリコンは自作という方向が決まりました。 このとき、真っ先に頭に浮かんだのは前述の(初歩のラジオ別冊)「技術・家庭科 ラジオ・アイデア製作集」中の記事です。ですので、傘ラジオの前身となる試作機は、その本にある「枠型アンテナを用いたゲルマラジオ」と「バリコンを自作したゲルマラジオ」が合体した構造になっています。

この試作機の結果が良好でしたので、これをもっと安く作りやすくしようと考えました。
大きな巻き枠を簡単に手に入れたい。実はこのとき真っ先に思いついたのは傘でした。
しかし、洋傘は骨や中棒に金属(鉄)が使われてるため、コイルのQを下げそうな気がして眼中にありませんでした。コイルの巻き枠と言えば絶縁体です。(という先入観が染みついていたためビニール傘は最後の選択肢と思っていました。)つまり、巻き枠の候補として浮かんだのは番傘など和傘系の傘でした。
このとき、傘の中棒をバリコンにすることも既に浮かんでいました。ですがこの段階ではまだ頭が固く、傘の中棒部分に円筒形の固定用と可動用の二つの電極を用意して誘電体を挟んで重ね合わせ、可動電極をスライドさせて交わる面積を変えようと言う発想でした。 しかも、この電極の素材としては、アルミホイルのような柔らかいものではなく、形が変形しないような素材でなければ、と考えていたのです。
とは言え、アイデアはまとまり始めました。しかし、重要な問題がそれにストップをかけます。番傘がいつでもどこでも安く手に入るのか?
あーっダメだ。大事なところが抜けている。と言うわけで、別の手を考えることにしたのです。

つまり、安くて入手しやすいものの中から探していかなければ結局コケてしまうわけです。
このような最中、12年度の卒研生が配属されてきました。今年の夏の体験教室でこんな事がやりたいんだ。一緒に考えないか?ということで、卒研生を巻き込んでのゲルマラジオ作りになってきました。もちろんこれは彼らの卒論のテーマとは別にです。 このとき、学生に話す上で問題を明確にしようとして打ち出したのが、「日用品を使ってラジオを作る」というコンセプトだったのです。
このように方向を定めるともう一つ思い出されることがありました。 それはトランジスタ技術1997年5月号で紹介されたカッターナイフの刃を使って検波する話です。これもやってみよう。と言うわけで、日用品利用の巻き枠の試作、日用品利用のダイオードの実験を当時の卒研生にあれこれとやってもらいました。(彼らには本当に感謝しています。)
卒研生が最初に試した巻き枠は四角形で、4辺に園芸用のポールを用い、四隅に置いた発砲スチロールに差し込む構造でした。バリコンはカードケースをやめ、クリアファイルにアルミホイルを貼ったものになりました。一辺の長さは120cmで、実験室北側の窓近くで天井から吊して実験したところ、数局受信することが出来ました。
これはこれで一つの成果だったのですが、体験教室のネタとするにはまだ十分とは言えません。また、いずれはその発展形を授業にも取り入れたいと考えていましたので、40人を10班に分けて実施できるようなものにしたかったのです。10班が同時進行して、どの班も間違いなく動作させられるようにするためには、まず、構造や製作方法がシンプルであることが求められます。コストも馬鹿になりませんから、出来るだけ部品を少なくして、それぞれが安くなければいけません。この辺から100円ショップの活用を考え始めました。また、班が多いとなると、製作にあたって特殊な道具を使うことは出来ません。できるなら、興味のある子が自宅でも製作できるよう、一般家庭にあるもので製作できるようにしたいところです。
体験教室のスケジュールを担当している教官によれば、このラジオ製作のために時間が割けるとすればそれはわずか45分ということでした。これでは巻き枠作りで終わってしまうかも知れません。 巻き枠は最初から出来上がっていないと話になりません。100円ショップで売っている径の大きなもの・・・やっぱり傘だ、傘しかありません。しかも、ビニール傘。
しかし、ビニール傘は骨が鉄です。この部分がアンテナコイルに悪さをしないのか?電線と骨が接する部分の静電容量は影響しないのか?等々いろいろな心配が出てきます。インターネットで調べてもビニール傘を巻き枠にした例はありません。きちんと木枠を組んだり、プラスチックのバケツやタライなど絶縁体が使われています。当時のこれらの心配は、結果が出ている今となっては笑い話です。骨の部分は、コイルの断面積中に占める割合が少ないので影響は非常に少なかった訳ですし、骨と電線の静電容量もごくわずかで影響はほとんどありません。後者については電線同士が平行になっている部分の容量の方が問題です。 しかし、当時はビニール傘は良い巻き枠には思えず二の足を踏んでいました。
ビニール傘を使った場合、一つメリットがあるとすれば、中棒がバリコンの片方の電極になると言うことです。部品と手間が一つ節約できます。誘電体は家庭で使っているポリ袋、もう一つの電極はアルミホイル、こう考えるとここの部分は一つのまとまった形になっています。日用品で電子部品を作るのは教育上も大事なことかも知れないな。電子部品には見えない日用品の組み合わせから、ラジオ放送が聞こえる。これなら学生も興味を持つのでは?そうだこれでいこう。このようにして傘ラジオの方針が決まったのでした。
プラ製のタライは魅力的な巻き枠でした。でも、我々は部品っぽくない見せ方の方が良いかも、と決めたので、論より証拠、ビニール傘で作ってみることにしました。ダメだったらオリジナリティはなくなっちゃうけど、タライがあるさ。カッターナイフのダイオードに挑戦し始めた卒研生に「やっぱり傘でやってみようよ」と持ちかけました。
しかし、私が余計なことまで指示したために、結局一作目は鳴らなかったのです。というのは、ビニール傘でやるからには、電線も電線っぽくないものをと、ワイヤー入りビニールひもでコイルを巻くように指示してしまったのです。
ワイヤー入りビニールひもは日用品っぽくてイメージにピッタリなのですが、これは材質が鉄です。巻き線としては適していません。ですが、外観を優先してワイヤーの材質を調べず、スズメッキ線の類だろ程度にしか思っていなかったのがミスでした。お恥ずかしい話です。
傘の巻き枠としてのサイズが一辺120cmの四角に比べると小さいこともあって、やはり傘ではダメかなと落胆しましたが、ワイヤー入りビニールひもが針金であることに気づき、もう一度電線に戻してやってみることにしました。私は授業でその2号機の完成に立ち会えなかったのですが、授業が終わって実験室に戻ってみると卒研生が嬉しそうな顔で、ちょっと得意気に「鳴りましたよ」と報告してくれました。
どれどれ。さっそく聴いてみます。んー、園芸ポールのループアンテナに比べると、音は小さいな。そこで、窓の外に出してみます。あっ、これならはっきり聞こえる。外に出さないと聞こえないのは辛いところだけれど、この構造で聞こえるなら体験教室でも十分出来るじゃないか。
こうして傘ラジオが産声を上げたのです。






<続く>

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